2009年8月 4日 (火)

[道でShot] 幸町公園(釧路)

SL(蒸気機関車)が置かれている以外は、一見普通の公園のように見えますが、明治41年に石川啄木が降り立ったころは、釧路駅があった場所。
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「さいはての駅に降り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」と書かれた本郷新が制作した歌碑もありましたが、1993年に港文館へまるごと移転。さびしき公園となってしまいました。

明治40年9月に旭川から釧路まで全線開通し、その4ヶ月後に石川啄木が降り立ったことになります。当時は根室本線ではなく、名称も釧路線でした。釧路駅が最果ての駅だったのです。

しかも、当時の釧路の繁華街は、幣舞橋の南側。幣舞橋の北側に位置する釧路駅前は、本当にさびしい風景だったはず。

「幸町公園ってどこにあるのですか?」と生徒からの質問があったので、地図で追加説明します。「昔の釧路駅」というのが、現在は幸町公園になっている場所です。ブルーの部分は明治30年ころまでは湿地帯で未開の場所だったようです。ピンクの部分が当時の繁華街(今も繁華街)です。啄木は、駅から下宿先の約2.6km(Googleマップで計測)を真冬に歩いたわけです。しかも、急な上り坂のオプションもついています。
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ピンクの部分に「啄木碑」とあるのは、後日紹介する米町公園がある場所です。

コメント(1)

 私ここの近くでキャンプした時に行きました!

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