2011年3月27日 (日)

北海道で最初の鉄道が幌内鉄道です。日本でも3番目の鉄道です。その後国鉄の支線となり、1985年に廃線となったものです。
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2011年3月26日 (土)

道東道のサービスエリアですが、花がきれいな遊歩道に「嵐」と書かれた巣箱。近くの小学生が作ったものです。
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先日の技家のカレンダー作成でも嵐は大人気でした。

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2011年3月21日 (月) 春分の日

日本の渚百選にも選ばれている積丹半島にある海岸。シャコタンブルーの海が絶景です。
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2011年3月20日 (日)

旧国鉄士幌線の第五音更川橋梁。コンクリート製のアーチ橋。
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【関連記事】
[道でShot] タウシュベツ川橋梁 - しらかば日誌 最近、林道が閉鎖され、近づくことができなくなったそうです。

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2011年3月19日 (土)

明治時代以前より、札幌と小樽を結ぶ道路は何度かルートを変えながら作られてきました。今は、高速道路もあり、一般道も片道2車線で、スムーズに小樽にたどり着けるようになりました。
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2011年3月13日 (日)

札沼線の月ヶ岡駅は、ログハウス駅舎。国道に面していて、夜に車を走らせていると民家がほとんどない場所にポッと現れます。
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1日数本の列車が止まります。
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2011年3月12日 (土)

1日1本しか来ない場所でも停留所があります。電話ボックスも珍しくなりました。
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2011年3月 6日 (日)

石狩市にある木骨石造建築物で、和洋折衷のデザインも特徴的。
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2011年2月26日 (土)

【戦争遺産シリーズ】
陸軍歩兵第25連隊の兵舎があった場所は、現在は月寒高校の校舎があるところ。北部軍司令部は、現月寒中学校がある場所で、グラウンドの下には、今でも秘密の地下通路があるという話もあります。
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2011年2月24日 (木)

教室の後ろにはたくさんのエナメルバッグ。野球部員率が高い、ある学級の風景です。
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2011年2月14日 (月)

本校にいらしていただけるとわかりますが、廊下がとてもきれいです。
用務員さんが、日々ごみをとる清掃だけはなく、モップで水拭きもしています。念入りに磨くことで、廊下の黒ずみもすっかりなくなり、本校の廊下はいつもきれいに維持されているのです。
ですから、もしシャープペンシルの芯などが落ちて、それを踏んづけて、黒ずみが広がってしまった場合...、どんな気持ちで用務員さんが仕事をしているか、わかりますよね?
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2011年2月13日 (日)

阿寒湖のボッケ。ゴボゴボと熱い泥が地中から噴き上げられています。
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ボケーと歩いていたら、ボッケに落ちちゃうよ!!

2011年2月11日 (金) 建国記念の日

【戦争遺産シリーズ】
旧陸軍の札幌衛戍病院の跡地に建てられた札幌第一高校。校地内のアカマツは当時からのもの。
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受験戦争の心の傷も癒してくれるかも...。

2011年2月 6日 (日)

さっぽろ雪まつりが明日から始まります。すでに大通は人だかり。

4丁目 大雪像 観光王国宣言!北海道
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2011年1月23日 (日)

1976年(昭和51年)10月の航空写真。校舎・体育館の完成はこの1ヶ月後なので、まだ校舎内は工事中だったと思います。校舎は今の半分、北野通が本校前で分断、清田通が西にそれていたりといろいろ違いがあります。
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さらに15年さかのぼった、1961年(昭和36年)5月の航空写真。一面が農地。厚別川の流れも今とかなり違います。たった15年で急速に宅地化された様子がわかります。
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【関連サイト】
地図・空中写真・地理調査|国土地理院

2011年1月20日 (木)

格技室の屋根の雪がどっさりと。
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市内の米里中学校でも大変なことに...。
落雪注意 (米里だより) 落雪でドアが破壊されたようです。

2011年1月16日 (日)

【戦争遺産シリーズ】
このD51-27蒸気機関車は、戦後に日本からサハリン(樺太)に輸出されたものを購入したものです。別海町鉄道記念公園(西春別駅跡)にあります。説明のプレートには、戦後賠償のために輸出とあるのですが、正規輸出との説もあります。
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2011年1月13日 (木)

【戦争遺産シリーズ】
戦時中にロシア艦隊からの脅威から、情報をキャッチするためのレーダーを設置した名残。積丹半島の神威岬にあります。
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普通に思い浮かべる神威岬は、こちらの風景でしょう。
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2011年1月 9日 (日)

【戦争遺産シリーズ】
札幌市南区の紅桜公園にある防空壕跡といわれているもの。もちろん今はコンクリートでふさがれています。
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防空壕は住民の生命を守るための避難場所だと思ってしましたが、戦争末期は、空襲後の防火活動をするための待機所という位置づけで作られていたのだそうです。

2011年1月 8日 (土)

【戦争遺産シリーズ】
静かな海辺にたたずむコンクリートの塊。戦時中の末期に、海からの攻撃に対して、トーチカの小さな窓から軽機関銃などで応戦するために作られたもの。
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2011年1月 7日 (金)

【戦争遺産シリーズ】
2000人を超える旧陸軍兵士の水を確保するために、月寒川をせき止めて作ったのが西岡水源地。三角塔は、当時の取水塔を保存しているものです。
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ちなみに水源地通は、この西岡水源地(西岡公園)に至る道路と思っている人が多いようですが、実は真駒内に至る道路となっています。
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2011年1月 4日 (火)

1年生の校外学習でも出向く、滝野すずらん丘陵公園は、北海道で唯一の国営公園。厚別川上流のアシリベツの滝があります。現在、南区滝野ですが、『滝』というのは、アシリベツの滝のことです。

その滝野は、かつて器械場と呼ばれていました。滝野神社も器械場神社でした。
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この神社に開拓記念碑があります。水車器械所があって、時計台(当時は札幌農学校演武場)や豊平館にも使われた木材を加工していました。札幌の開拓を支えた場所です。
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2011年1月 2日 (日)

直線道路日本一!!
併走する高速道路の無料化社会実験で、交通量が激減した国道12号線。以前は、交通量が多く、まっすぐ走ることなんてできないと言われたものです。混雑する高速道路を避けて、国道をまっすぐ走るのもいいものです。
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ところで、直線区間といわれる29.2kmのうち、延長した北端がほんの少し曲がっているそうです。地図に定規などをあてるだけでも確認できます。
日本一長い直線国道12号線 [クローズアップ] | 北海道ぷっちがいど

2010年12月21日 (火)

アイスランド噴火の影響で、赤い月食です。
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地球の陰が月に写っているわけです。
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2010年12月11日 (土)

牛が1匹、牛が2匹、牛が3匹...
えっ牛? いいえ羊です。
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【関連記事】
[道でShot] 眠れない夜と雨の日には... (しらかば日誌)

2010年12月 9日 (木)

うっすら雪が広がり、まるでチョコレートケーキにパウダーシュガーをかけたみたい。
生徒もおもわず「おいしそうなグラウンド♡」。
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2010年12月 4日 (土)

石狩川と昇る月。でもなぜ川に映る月の脚の延長線と月の位置はずれるのでしょう?
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日本海に沈む夕日も、よく見ると同じようにずれています。
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同じく日本海に沈む夕日。やっぱりずれています。
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2010年12月 1日 (水)

奥まで差し込む朝日。
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2010年11月28日 (日)

雄冬岬にある白銀の滝。コンパクトデジカメでは全景をおさめることができないので、写真を合成しました。
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スクロールしないで表示できるディスプレイがほしい...。

2010年11月23日 (火) 勤労感謝の日

石狩市浜益にある送毛トンネル。そのトンネルを抜けると、広がるのは山奥の風景に加え、遠くの暑寒別連峰の山々が見えます。写真は残念なショットですが、季節が春だと、山の緑と暑寒別の雪の白と空の青のコントラストがとても美しいです。
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ネット上では、送毛トンネルが直線のトンネルなのに、中央部で微妙にずれていて、出口が見えない恐いトンネルだということが注目されがちで、この絶景に気付いている人は、あまりいないようです。

このトンネルは新送毛トンネルにバトンタッチする予定なので、この光景も見られなくなるのが残念です。

2010年11月18日 (木)

小学校に反射する夕日。
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昨日の写真には、実は藻岩山は撮っていませんでした。代わりに豊平区の高台から見る藻岩山の風景をどうぞ。
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2010年11月17日 (水)

上の階から小学校方面を見ると、しっかりと手稲山(写真下中央)や藻岩山(写真下左)が見えるんですね。
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2010年11月 9日 (火)

今回の合唱コンクールの賞状は、サイズが違うので、黒板上の賞状スペースにおさまりません。
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ところが、なぜか余裕で貼ることができる教室もあります。
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そんなことより、この季節、板書の『煮込み料理』に目が行く人の方が多いかもしれません。

2010年11月 3日 (水) 文化の日

北野通の起点は、月寒中学校のあたり。ただし、セミナーハウスの横の東北通につながる短い道路は含みません。
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2010年11月 2日 (火)

皆さんは、空にかかる虹の七色を順に言うことができますか?外側から「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」の順番になりますが、虹の色はそれぞれの国、地域で異なっているそうです。なんと沖縄では二色だったそうですし、ヨーロッパでも六色のところがあるそうです。詳しいことは校長先生にお聞きくださいね。
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グラウンドの紅葉と落ち葉が層になって見える様子。
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2010年10月31日 (日)

清田区外では、すでに存在しないことになっているアシリベツ川も、清田区内では今でも愛着のある川の名前です。しっかりと「あつべつがわ」とふりがな付きで看板が立っているのに、それでも清田区民はアシリベツ川と呼びます。
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そばを通る道路も「あつべつがわさがんどおり」。清田区を走る厚別滝野公園通や厚別中央通が厚別区の厚別を指すので、アシリベツ由来の道路名は今となっては大変貴重です。
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2010年10月23日 (土)

信号機の住所プレートは、南9条西18丁目と南10条西20丁目。西19丁目は? TIMG_2747.JPG 札幌中心部の碁盤の目と当時山鼻村だった碁盤の目は、微妙に異なり、ところどころで住所を間引きしているわけです。探せば、あちらこちらに見つかります。 screenshot_344.png

2010年10月22日 (金)

夜の校舎シリーズ。音楽室の肖像画に描かれているベートーベンなどの作曲家の目がいつもこちらを向いているという不気味さ。
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写真中央の人影は撮影者ですので、幽霊と間違わないでください。あと、心霊写真の定番は、電源の入っていないテレビに撮る霊ですが、どうやら撮っていないようです。

【関連記事】
夜の理科室 (しらかば日誌)

2010年10月21日 (木)

夜の校舎シリーズ。理科室は、人体模型が定番。
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縮小以外の画像処理はしていません。

【関連記事】
夜のコンピュータ室 (しらかば日誌)

グラデーションがきれいです。来週は雪が降るという予報です。街中ではムートンブーツを履いている人も見かける季節となりました。
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2010年10月20日 (水)

写真の中に生徒が二人撮っているのですが、あまりに暗くてわかりませんね。
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夜の校舎シリーズを楽しみにしている生徒が多いようです。
4F身障者用トイレの怪 (しらかば日誌)
夜の格技室のトイレ (しらかば日誌)
夜の校舎 (消灯後) (しらかば日誌)
夜の校舎3F (しらかば日誌)

心霊写真の撮り方 (しらかば日誌)

2010年10月19日 (火)

【夜の校舎シリーズ】
4F多目的トイレを開けると、たくさんの長い髪が落ちていました。ちょっと不気味。
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床には、なぜかはっきり残る足あとが...。足があるから幽霊ではない?
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【豆知識】
幽霊に足がないのは日本だけ。神が人間を創ったという西洋の考え方と、人間が死後に神に変わるという違いが根底にあるとか。そのため、日本の幽霊は、普段の人間の姿とは違った描き方をされてきましたが、江戸時代中期に、絵画や歌舞伎などを媒体にして、日本の幽霊のイメージ(=足がない)が定着したのだそうです。ちなみに沖縄の幽霊は足があるのだそうです。

【追記(2011/01/30)】
車いす対応の身障者用トイレは、ユニバーサルデザインの多目的トイレと呼ばれています。記事のタイトルと記事内容の表記を差し替えました。

2010年10月18日 (月)

道内の峠では、雪も降ったようです。札幌は、穏やかな空模様。
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『秋は夕暮 ゆふ日のさして山の端いとちかうなりたるに...』←教科書とちょっと違うバージョンで。
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2010年10月16日 (土)

隣の小学校との水はけの様子がはっきりわかります。
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2010年10月 9日 (土)

月寒東にある東月寒中学校。北野通と東月寒通が交差したところにあります。中学校に限らず、月寒東の住所表記のうち、清田区寄りに東月寒の表記が目立ちます。
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Googleマップで東月寒を検索しても、月寒東の東側にしか施設は存在していません。
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この地域は『二里塚』→『八紘』→『東月寒』などと地名を変え、1980年(昭和55年)に隣の『月寒東』と連続する住所表記となったので、その名残は色濃く残っているわけです。月寒東の東側に『月寒東』とつく施設は、コンビニやチェーン店など比較的新しいものばかりです。

2010年10月 8日 (金)

生徒からのリクエスト。
「格技室のトイレが不気味なんです。ぜひ、夜に写真を撮ってきてください」

格技室にトイレがあることを知らなかったので、実際に行ってみました。
しかし、障害物があって、これ以上進めません。
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ということで、電気を消してみました。
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特に不気味な様子はありません。

ん? 暗いこと自体おかしいのでは?

2010年10月 3日 (日)

碁盤の目に埋め尽くされた札幌の住居表示ですが、地理的条件には勝てません。中央区南10条西2丁目は、写真に撮っているこの三角地帯のみ。住所の区画としては、市内で最も小さいのではないでしょうか。南郷通の中央分離帯の一つ一つより小さいかも。
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しかし、何もない場所だと思っていたら、碑がありました。『木下弥八郎君乃碑』と呼ばれるものです。
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[木下弥八郎君之碑]
この碑は、南10条西2丁目にあり、1丁目と2丁目が交差する三角帯に建立されています。高さが4メートルもあり一際目立つた存在です。漢文で書かれた碑文は時の総理大臣原敬、題字は、西園寺公望によると言われています。木下弥八郎は、1826年現在の兵庫県で生まれ、豊岡藩の家老職に就いていますが、明治に入ってからは北海道開拓のために尽力した一人です。

空から見るとこうなります。写真中央の小さな三角地帯です。
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2010年10月 1日 (金)

何となく、上を見上げて写真を撮っただけなのですが、その瞬間に砂埃が混ざった強い風があたったんです。その一瞬だけ...。

写真に、こちらを見る大きな顔のようなものが撮っている気がするのですが、気のせいですよね?
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2010年9月26日 (日)

清田区の里塚は、三里塚が由来の地名ということは、清田区民ならご存じかと思います。三里塚があるなら、一里塚や二里塚もあるはず(1里は約4km)。

まずは、一里塚は、『望月寒川』に架かる『月寒橋』付近にありました。ちなみに『月寒川』には『望月橋』が架かっています。ややこしい。
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2010年9月25日 (土)

碁盤の目に道路が広がる札幌で、その整然とした碁盤の目を無視し、メインストリートをあえて避けながら続く道路があります。しかも道道に指定されています。北海道道273号花畔札幌線です。
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2010年9月23日 (木) 秋分の日

南郷18丁目駅のすぐそばにある白石東冒険公園は、国鉄千歳線の大谷地駅の跡地。
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このあたりも、かつて大谷地と呼ばれていたようで、近くに大谷地小学校もあります。厚別区でないのに大谷地の名称は紛らわしいのですが、さらに紛らわしい学校名があります。
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南郷小学校 白石区 本郷通4丁目南3-1
平和通小学校 白石区 本通15丁目北3-1
本郷小学校 白石区 南郷通10丁目南3-1
本通小学校 白石区 平和通9丁目南1-1

学校名と住所に注目。
境界線の変更や住居表示の変更などでこうなったわけですが、今さら変更する方が混乱することになりそうです。

2010年9月21日 (火)

コンピュータ室の戸締まりを確認しようと、電気もつけずに3階廊下を歩き始めました。タイミング良くトイレの水が流れる音。そして、暗すぎてコンピュータ室の入り口がわからず...。
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2010年9月 1日 (水)

暦の上では秋なのに、なんでこんなに暑いのでしょう。
まだ夏かな...と思いきや、夕焼けはしっかり美しい。秋の夕暮れ...。好きな季節がやってきた!!
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2010年8月 5日 (木)

釧路には、釧路市立美術館と北海道立釧路芸術館の2つの公立美術館があります。

釧路市立美術館は、「まなぼっと幣舞」にあります。写真では、霧でかすんだポット(魔法瓶)のような建物がそれです。
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2010年7月31日 (土)

Wikipediaによると、グラウンド整地ローラーのことを『コンダラ』というのは、定着した用語なのだそうです。

コンダラ - Wikipedia
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2010年7月23日 (金)

雨の中でも花火はあがるんですね。
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2010年7月19日 (月) 海の日

羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹...
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パソコンに向かっていると、夜眠れなくなる人のために、壁紙用にファイルをダウンロードできるようにしました。

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でも、この羊たちが、こうなると思うと眠れなくなるかも。
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ちなみに、日本最北端のインターチェンジがある士別市の『羊飼いの家』の風景です。

2010年7月13日 (火)

おもむろに木刀を手にし、廊下で素振り。つかの間の息抜きなのでしょうが、この剣士の姿を見れば、不審者も不法侵入はしないでしょうね。
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刃物を持った侵入者に対する対策として、どこの学校にも 刺又を常備しているのですが、胴体を押さえ込まないと、反撃に遭うという弱点があります。

2010年7月 5日 (月)

日本だけでなく、世界的にミツバチの減少が問題になっていますが、本校のグラウンドのクローバーにたくさんのハチがいました。
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明日は、球技大会ですが、ハチの対処法として「威嚇や攻撃を受けた時には、手で追い払ったり大声で騒いだりする事は禁物で、姿勢を低くしてハチ類から逃げる、ハチ類は直線的に追うため、急角度で曲がるなどの方法は有効である」とあります(→引用元)。グラウンドは広いので、思う存分逃げましょう。

2010年6月27日 (日)

1年生の某学級のカレンダー。ちょうど1ヶ月前の写真ですが、旅行的行事の前なのに、『なつやすみ』の文字。夏休みが近いような錯覚になります。
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2010年6月26日 (土)

あしりべつ川を散策すると見えてくる送電鉄塔。
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北電の南札幌変電所(北野通の東月寒中の近く)から足寄発電所を結ぶ『十勝幹線』となっています。187kVという高電圧。ちなみに北海道電力の施設ではなく、電源開発という日本最大の卸電気事業者が保有しているものです。なので、始点は足寄発電所で、終点が南札幌変電所となるようです。

高さは? 100mくらいありそうですが...。

2010年6月25日 (金)

黒板に落書き。
なぜか書きたくなるものです。
もちろん、むやみやたらに落書きするのは良くないことですが・・・。
とあるクラスの黒板
眼鏡をかけた人物は「ジョン・レノン」だそうです・・・・。
なんだかほほえましい雰囲気の落書きです。
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2010年6月 3日 (木)

 本校にもライラックの木があります。ちょうど校長室の窓の下に生えています。北海道には「リラ冷え」という言葉があります。このリラとはライラックのことなんですね。ちょっと言葉の由来を調べて見ました。

「リラ冷え」という言葉を創ったのは、榛谷(はんがい)美枝子さんという北海道を代表する俳人(江部乙出身)。1960年に詠まれた句の冒頭に使われています。リラの花が咲いた頃肌寒かったことから、「リラ冷え」を生み出したということだそうです。
 しかしこれを広めた立役者とも言うべき人は作家の渡辺淳一さん(上砂川出身)。1971年の著書「リラ冷えの街」で一気に広まっていきました。この小説は、6月のまさにリラの季節、男女の愛を描く物語です。

 いまや季語にもなっている「リラ冷え」。これから暑くなろうとしている矢先の一瞬の寒さ。それでもリラの美しさと言葉の美しさに、寒さもこれまた美しいと感じるのでありました。

.........とネットには書いてありました。引用元
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2010年5月11日 (火)

コーク(校区)内にある某清涼飲料水工場付近の桜並木。
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COKE(コーク)は、The Coca-Cola Companyの登録商標です

2010年5月 9日 (日)

さて、どの教室の蛍光灯でしょう。

【A】傘なしぶら下がりタイプの蛍光灯。3年生しか入ったことのない部屋です。
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2010年5月 5日 (水) こどもの日

このOHPスクリーンは、回転しません(左は蛍光灯の支え棒、右は壁にふれています)
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2010年4月29日 (木) 昭和の日

どちらが3年生の掲示物でしょう。

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2010年4月14日 (水)

雪が降ったので、シリーズ復活。
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【関連記事】
雪解け日記(4/8) (しらかば日誌)

2010年4月 8日 (木)

広範囲で溶けています。
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野球部の練習も始まりました。
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昨年より1週間遅い雪解けでした。野球部の練習が始まったので、このシリーズは終了します。たくさんの拍手、ありがとうございました。
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【関連記事】
雪解け日記(4/6) (しらかば日誌)

2010年4月 6日 (火)

雨が降っています。
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部活動見学までに間に合うでしょうか。
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【関連記事】
雪解け日記(4/5) (しらかば日誌)
雨ニモマケズ-野球部 (米里だより) こちらの中学校では、すでに外練習を始めています。

2010年4月 5日 (月)

一気に融け出しました。
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あっ、乾いている。
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【関連記事】
雪解け日記(4/4) (しらかば日誌)

2010年4月 4日 (日)

幅跳びの砂場が顔を出しました。隣の北野平小学校のほうが融けるのが早いようです。
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着々と土が見えています。
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【関連記事】
雪解け日記(4/2) (しらかば日誌)
米里の四季-グランドの雪 (米里だより) 白石区の米里中は、すっかり土が見えています。
日曜日の学校 (みなちゅうかわら版) 南区の南が丘中は、まだまだ雪があります。

2010年4月 2日 (金)

今週で終わると予想していた雪解け日記です。1年前の今日は、広い範囲で溶けていたのですが...。
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野球部がグラウンドの土をかみしめています。
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【関連記事】
雪解け日記(4/1) (しらかば日誌)

2010年4月 1日 (木)

気付けば夜になってしまいました。暖かい雨が降っています。
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このシリーズを楽しみにしている人が、何人いることか...。

【関連記事】
雪解け日記(3/31) (しらかば日誌)

2010年3月31日 (水)

北野平小との境目から溶け始めています。
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こちらも順調に溶けています。
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【関連記事】
雪解け日記(3/30) (しらかば日誌)

余市にはいくつか遺跡がありますが、その一つのストーンサークル。フゴッペ洞窟や手宮洞窟などと一緒にみると良いかも。
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2010年3月30日 (火)

今日のグラウンドの様子。
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溶け始めが早いこのエリアは、少し雪解けが進みました。
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なぜ早いのかというと、格技室への渡り廊下の関係で積雪が少ないからでは。
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【関連記事】
雪解け日記(3/29) (しらかば日誌)

東釧路駅のすぐそば。ちょっと高台になったところにあります。
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写真が寂しいので、そばにあった遊具と釧路の夜景のコラボレーションをどうぞ。
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2010年3月29日 (月)

今日のグラウンドの様子。1週間くらいで溶けると予想していますが...。
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なぜか、毎年ここから溶け始めます。
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愛冠(アイカップ)をもじって、「愛カップル」としてカップルに人気があるとか...。でも、アイヌ語の「アイカップ」とは「矢の届かないくらい高いところ」という意味とかで、「高嶺の花の恋」ってことになるのかも。
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2010年3月28日 (日)

写真ではわかりづらいと思いますが、ふわふわと雪が舞い降りています。でも、過去の写真を見ると、このあと1週間で、急速に溶けてしまっています。
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釧路のちょっと町外れにある公園。ライトアップがきれいです。
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『平和』とつくことからも想像できるように、戦争と関係があります。昭和20年の北海道空襲は、天候の関係で視界が悪く、道内を手当たり次第に攻撃したそうです。霧の日が多い釧路は、皮肉にもこの日は晴れていたそうで、攻撃目標がわかりやすく、被害も大きかったそうです。

ところで「真珠湾」が三重県にあると答える大学生が増えているとか(確かに、真珠養殖で有名な「英虞湾」は昭和初期に「真珠湾」とよばれていたそうです)。

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